堀江物語

『堀江物語』⑤国司の横恋慕(よこれんぼ)

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大治2年(1127年)、朝廷は、悪化する財政と滞る徴税対策として、新たな荘園整理令を発布した。いわゆる大治の荘園整理令である。これに伴い、全国各地の朝廷の支配権を改めて強化するため、関東にも新たな国司が下ってきた。

名を藤原行利という。年は二十代後半。官位は権中納言ごんのちゅうなごん。後世、天下の副将軍として有名になった水戸黄門の官位が同じであったと言えば、その位の高さが解るだろう。行利は、下野国だけでなく、上野国、常陸国ひたちのくに(現在の茨城県)の3ヶ国の国司として、関東に下向してきた。

北関東各地の諸侯たちは、行利が来ると、早速国府に参内し、頼純の後見だった宗綱も行利が下野国府に来ると、下野守護として真っ先に参内した。

そして行利は、顔見世に参内する諸侯たちにこんな事を告げていた。

行利「私には、これまで良縁もなく、今は妻もない。だが、そろそろ妻を迎えたいと思うが、誰か良きものはおらぬか?」

行利の言葉に、諸侯たちは、競って自分や一族の娘を行利に差し出した。もし、行利に見初められれば、中央の公家たちと血縁になれる。これほど強い後ろ盾はない。

だが、行利には、本気で妻を探す気はさらさらなかった。行利は、いつまでも関東にいるつもりはなく、役目を終えたらすぐに京に帰るつもりであった。妻も迎えるならば、京の同じ公家から迎えた方が良い。出世もすれば、皇族の姫を迎える事も出来るかも知れない。それなのに、わざわざ関東の田舎の得たいも知れぬ娘などを妻に迎えたら、むしろ自らの立身出世の妨げである。

ならば、なぜそんな事を言ったのかと言えば、単に自らの悦楽のためだけに過ぎなかった。関東には、優雅な京に比べ楽しみが少ない。せいぜい酒と女くらいである。その女を集めるために言っただけ、言わば色欲を満たすためだけの事だった。

ただ、諸侯も、それが解らないほど馬鹿ではなかった。もちろん、妻になどと言っても、自らの家柄を考えれば、正妻になれるなどとは思っていなかった。しかし、男と女は、所詮は情の世界。身分だ格式だと言っても、女が男を篭絡ろうらくし、色情に溺れさせる事が出来れば、身分や格式に関係なく、正妻になれる可能性だってある。正妻にならなくても、側室でもめかけ的な存在でも出せれば、それでも血縁は血縁である。その立場は、いかようにも利用する事が出来る。後継となる子供でも生んでしまえば、こちらのものだ。

それもまた政略である。お互いにそれぞれの思惑を持ちながら、行利の下には女が集まっていった。

しかし、行利は不満であった。一時のさみしさを紛らわす女は集まるものの、自分を熱くさせるような女が1人も現れなかったからだ。そんな折だった。行利は、こんな話を耳にした。

「堀江殿の妻、弥生様は、まだ年も若く随一の美人と聞いております。」

興味を持った行利は、頼純に使者を送り、妻とともに参上するように命じた。もっとも、これまで何度となく期待を裏切られてきたため、今回の事もあまり期待はしていなかった。

使者を受けた頼純は、早速、下野国府に参上すべく準備を始めた。いずれは顔見世の挨拶には行こうと考えていた頼純だったが、今回の件については、少し解せない事があった。それは。妻も一緒にという命令だった。普通、政治的な謁見の場に妻を連れて行く事はない。もし、自らの城に国司様がくれば、それは供応役として妻の目通りをして相手をさせるということもあるが、国府という公式の場に連れてこいなどと言うのは、初めての事だった。

頼純「皆もそうしておるのだろうか?」

だが、難しく考えようとする頼純に弥生は言った。

弥生「良いではありませぬか。私も国府は一度見ておきたいと思っておりました。私がついていくだけでよければ、喜んでお供いたしまする。」

その言葉を聞いた頼純は、それ以上面倒な事は考えないようにした。

だが、これが2人の運命を大きく変える出来事になろうとは、2人とも思いもよらなかった…

頼純は、数十人の家来と弥生を連れて下野国府に参内した。そして、妻とともに国司である行利に謁見したのである。行利は、この時初めて弥生を見た。

行利|(信じられぬ…何と愛らしい娘だ…)

行利は、弥生に一目惚れしてしまった。京にもこれほど愛らしい娘はいなかった。行利は、2人の馴れ初めについて頼純や弥生に尋ねた。国司の問い掛けに、頼純や弥生は、恥ずかしながらも、16歳と13歳で結ばれた事や昨年第一子が誕生した事など、その馴れ初めを話した。

話を聞くほどに、行利は嫉妬していた。自分は二十代も後半で妻もなし。にもかかわらず、この頼純という若造は、自分より卑しい身分で、自分よりも10歳も若くして、このように美しい弥生を13歳で妻にして、思うようにしてきたのかと思うと、妬まずにはいられなかった。

しかも、馴れ初めの話をしている間、時折2人は見つめ合って、弥生は、頼純の顔をはにかんで見ていた。そのはにかんだ笑顔がまた愛らしく、それが行利の嫉妬心に火をつけた。

行利は、何としても弥生を手に入れたい… 謁見が終わって頼純たちが帰った後、そう強く思うようになっていた。そして、そのための策謀を頭の中に巡らせていたのである。

行利(聞けば、奴は源氏。しかも謀反人の子。あの辺には、宇都宮や那須もいるが、あれは同じ藤原。藤原でなければ何とでも出来る…)

その後、行利が国府に呼びつけたのは、弥生の父である原重房であった。

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